緊急手術までの波乱万丈!〜 失明寸前の危機 Part.1

こんにちは、夏井です。

今週は眼のお話です。

私は子供の頃からかなり近視が進んでしまっていまして、大学に入った時に初めてコンタクトを買ったのですが、このときのコンタクトのパワーが6.50でした。

視力で言うと0.05程だったようです。

まぁこの段階でかなり悪いのですが、30歳くらいの頃、LASIKが流行りまして、私はタイで手術を受けることにしました。

ちなみにタイはお金さえあれば、かなりの先進医療を受けられる国で、私の通っていた総合病院は、ホテルの中にスタバやマックがあり、ホテルのように豪華なものでした。

そこで検査を受けた私は、医者から不思議なことを言われました。

「数日間入院できる?」

当時、簡単なタイ語と英語で過ごしていた私にはその前に言われた言葉が分からず、慌てて日本語通訳を呼びました。

「Retinal detachment」

つまり網膜剥離だったわけです。

ただ、ごく初期の症状だったので、今手術すれば大丈夫と言われ、よく調べないまま手術を受けました。簡単な説明によると、眼球をシリコンで包んで、その圧力で穴を塞ぐというものでした。

簡単な気持ちで受けた手術ですが、全身麻酔で、目が覚めて麻酔が切れた時、そのシリコンの部分が当たって恐ろしい頭痛がしました。

眼を動かすことはほぼ出来ない状態で数日間過ごしたのを覚えています。

幸いにも、術後は良好で、かつこの手術は左眼だけだったので、その後、右眼はLASIKの手術を受けることができ、右眼は裸眼で生活できるレベルに回復しました。

左眼はさらに視力が悪化して、コンタクトパワー12.00、視力0.002、ほぼ市販のコンタクトは売ってないレベルになりましたが、ほぼ右眼1本で生活できたので問題は感じませんでした。

ところが、右眼の酷使がたたったのかもしれません。それから約20年たち、右眼に異変が訪れました。

ベトナム出張初日の昼のミーティング中に、右眼の視界の下から、黒いカーテンのようなものが出てきました。そしてあっという間に右眼の視界は、3割ほどなくなりました。

これはまさかのマジな網膜剥離だと悟った私は、すぐにベトナムの病院に行き検査を受けました。

人生で2度目に聞く「Retinal detachment」という言葉です。

すぐ手術をしないといけないという医師の話を聞きながら、そりゃそうだわ・・・と思いつつ説明を聞くと、「術後、1ヶ月は飛行機に乗れません」と言われました。

何じゃそりゃと思ってよく聞くと、手術方法が変わっていて、今はシリコンを入れるのではなく、眼に針を3本入れるようで・・・その針で内視鏡のような作業をして網膜をレーザーで貼りつけるそうです。

その後、眼の中にガスを入れてその浮力で網膜を継続的に貼付けて安定させるらしく、そのガスがなくなるまで気圧の変わるようなことをすると、失明するとのことでした。

飛行機はもちろん、エレベーターなども危険だそうです。

しかし、背に腹はかえられないので、手術の依頼をしたところ、明日以降になると言われました。なんとその日はベトナムとどこかの国のサッカーの試合があり、皆それを見たいので手術をしたくないのです。

「なんということだ!」と思った私は、そのまま日本にいる友人に連絡をして、いい病院はないか尋ねました。

すると、もう遅い時間だから予約は取れないけど、A病院かB病院は腕がいいからそこに行くといいと教えてもらいました。

そもそも、ベトナムハノイで手術してそのまま1ヶ月そこにいること自体辛そうだったので、すぐに帰国を決意しました。結果、その日の夜の便で日本にとんぼ返りをしました。

この日、私の左眼は20年ぶりに仕事を始めました。

翌朝、空港に到着してすぐに指定された病院に電話して助けを求めたところ、緊急は受けてないし、そもそも他の眼科から紹介でないと受け付けてないと言われ大ショック。

最近の総合病院は、いきなり行けないシステムだったんですね・・・私はしばらく日本にいなかったので知りませんでした。かかりつけ医制度ってやつです。

しかし、そんなことを言っていたら私の眼は見えなくなってしまうので、「待ってもいいからとにかく見てほしい、このままでは失明してしまう。このために緊急帰国したんだ」と強く説明しました。

すると、ようやく想いが伝わり「かなり待つことになりますが、順番の最後でよければ来てください」と言われ、向かうことになりました。

病院に到着すると、受付ではすでに話題の人になっていて、すぐに車椅子が用意されました。右眼は1度も開いていなかったので、どれだけ見えているかすでに分かりませんでした。

すると、「海外から帰国ということは、健康保険はありますか?」という質問が。

そう、私は当時タイに住んでいたので、健康保険がなかったのです。

「ありません、でも全部現金で払います。カードでよければ先にカード出します」と伝えると、「かなり高いけど大丈夫ですか?」と言われましたが、空港で下ろしてきたお金を見せて何とか納得してもらいました。

転ばぬ先の金です。

朝8時前に到着したにもか関わらず、車椅子で待つこと8時間。16時頃やっと検査に呼ばれました。

さすが大人気病院です。

検査に入ると、初めてベトナムで付けられた眼帯を外すことになりましたが、その衝撃は今でも忘れられません。右上にかすかに針で差したような光があるだけで、あとは暗闇。

そして、検査技師の方から「見えるところで何が見えたか教えてください」と言われたのですが、どうやっても見えないのを見ようとすることで、ものすごーく気持ち悪くなり、かつ気分もかなり落ち込みました。

これはヤバイやつだわ、と・・・

そして、網膜の画像などを撮るたびに、「あー、完全に剥がれてますねー」と言われ一体どうなることやらと不安になりながら、医師と話すことになりました。

医者「完全な網膜剥離ですので、今日手術します。大丈夫ですか?」

私「いやいや、今日やっていただけるなら、今すぐにでもお願いします!」

医者「今日何件かこれから手術なので終わったら最後にやらせてもらいます。入院の準備をして待っていてください。大体20時くらいからだと思います。」

そしてそれから入院準備をして、ずっと相部屋のベッドで待っていたのですが待てど暮らせど連絡は来ず、結局22時頃手術が始まることになりました。

今回は長編になりますので来週につづく。

それでは〜。